「こんなに苦労させるのならお前なんか産まなきゃ良かったねぇ」口癖の様に言われました。
私は母と居られるだけで幸せで苦労なんて分かりもしてなかったので
なんでそんな事言うの!と泣いてばかり。
今思えば母の気持ちも分からなくはないのですが、だんだん「私は産まれてきたらいけなかったんだ」と考える様になり
これが一生つきまとう事になります。
時には明るく「何しても死ななくて、階段から落ちたりお腹ぶつけたりしてみたけど駄目だったんだよね」と言う母。
母は私をよっぽど産みたくなかったんですねぇ。
似てない事をいい事に「ほんとはね。橋の下で拾ったんだよ。」とか。
私は本気にして、めちゃめちゃ泣きましたよ。
忘れたくても忘れられないのなら
とことん思い出してやります。
母の良い所も悪い所も。
やっと許す事ができたんだから、
きっと笑い話にできるはず。
1番長い学校で1ヶ月半。
友達が出来た頃に転校の繰り返しでした。
とは言っても数少ない友達ですが。
まともに勉強できたのは小学3年性位までその後はまったく予想外の生活になるのです。
ほんの些細な事で暴力を受けます。
職員の態度は酷いものでした。
たった1人のマスールを除いて。
あの職員達も歳をとり今はどんな生活をしているのでしょうか。
私は1年程しかいなかったけれど
良い思い出なんか1つもありません。
幸せなのに、なんでそんなんなの?って言われた。幸せだけど恵まれているけど凄く生き辛い。子供の頃の事がフラッシュバックしてくる。そろそろ慣れなきゃ。きっと一生ついてまわるんだから。
いい加減笑い話にしたいな。